
「パニック障害」という言葉を耳にしたことがあっても、実際にはどんな症状があるのか、何が大変なのか、よくわからないという方も多いのではないでしょうか。
かといって、身近な人に詳しく聞くのも気が引ける…。そんなふうに感じる人もいると思います。
そこで今回は、10年以上パニック障害と向き合ってきた私自身の体験をもとに、実際の症状や感じてきたこと、原因や悪化時の状態についてお話ししたいと思います。
この体験談が、パニック障害を抱える方や、その周囲の方々にとって、少しでも理解の助けになれば嬉しいです。
初めてのパニック発作は高校3年生

きっかけは「人生初の満員電車」
私が初めて「パニック発作」を経験したのは、高校3年生のときでした。
当時は関東に住んでいて、たまに東京へ電車で出かけることがある程度の生活。都会の混雑に慣れていたわけではありません。
ある日、東京の大きな駅(たしか新宿だったと思います)から自宅に帰るために電車に乗っていたときのこと。別路線で人身事故が起きて、乗り換え先を失った多くの人が、私の乗っていた電車に次々と乗り込んできました。
私はというと、当時ちょうど大学受験を控えていて、電車の中で単語帳を広げて勉強に集中していたため、周囲の変化にまったく気づいていませんでした。

「あれ? なんか急に人が多くなった…」
と気づいたときには、すでに身動きが取れないほどの満員電車になっていました。
人生で初めての満員電車。しかも逃げ場がない急行列車。ここから私の体に異変が起き始めました。
突然襲ってきた「息苦しさ」と「恐怖」
心臓がバクバクして、呼吸がどんどん浅くなっていく。
まるで水の中で溺れているような、そんな感覚でした。
「降ります、降ります」と何度か声に出してみたものの、すでにギュウギュウの車内では動けるわけもなく…。しかもその電車は急行で、5分以上停車しませんでした。
パニックに陥った私は、意識も朦朧としていき、そこから先の記憶はあまりはっきりしていません。
それが「パニック発作」だと気づいたのはずっと後
その後しばらくは東京に行く機会も少なく、地元は田舎で満員電車に乗ることもほとんどなかったため、あの出来事も次第に忘れていきました。
当時は、それが「パニック発作」だったとは思ってもいませんでした。
そして私は、東京の大学へ進学し、ひとり暮らしを始めることになります。ここから、再びパニック障害と向き合う日々が始まります。
大学1〜2年生:パニック障害で初めての心療内科

再び襲ってきたパニック発作
次にパニック発作を経験したのは、大学2年生の頃だったと思います。
きっかけは、またしても満員電車でした。
当時すでに、人で混み合う駅のホームに立つだけで、心臓がドキドキと速く打ち始めていました。

「あの時みたいになったらどうしよう…」
そう考えるだけで、心拍数が上がって息苦しくなるんです。
このように、また発作が起きるかもしれないという不安が先に来てしまう状態を「予期不安」といいます。
予期不安とは:「また発作が起きるかもしれない」という不安が先立ち、実際には何も起きていない場面でも強い恐怖を感じてしまう状態です。パニック障害の特徴的な症状のひとつです。
少しずつ制限されていく日常
まだこの頃は、かろうじて電車に乗ることはできていました。満員電車でも、座ることができれば大丈夫という場面もありました。
ただし、発作の不安が常につきまとっていたので、心の準備が整うまで、何本も電車を見送ることもよくありました。

🚉電車の乗り方も工夫だらけ
パニック発作を避けるため、日々こんな工夫をしていました。
・なるべく空いている各駅停車を使う
・下りが混んでいるときは、一度上りで終点まで行って、始発列車に座る
・ホームの端で人が少ない車両を狙う
・本当に無理なときは、タクシーを使う
・バスですら混んでいると乗れなかった

「これは無理かも…」と思った日は、タクシーで移動したこともあります。痛い出費😭
そんな工夫をしても、やはり大事な用事に行けなかったり、習い事に遅刻してしまったりと、日常生活にはすでにかなり支障が出ていました。
初めての心療内科
こうして私は、初めて心療内科を受診することにしました。
通っていたクリニックでは、カウンセリングや行動療法というよりは、医師が話を聞いて、必要に応じて薬を処方してくれるスタイルでした。
私は、日常的に薬を飲むのではなく、発作が起きそうなときに服用する頓服薬(とんぷくやく)をもらい、電車に乗る前などに使っていました。
海外旅行はできた、という不思議
不思議なことに、電車は怖いのに、飛行機には乗れたんです。
混雑していないという理由も大きかったですが、当時は海外旅行が好きで、何カ国か旅をしました。飛行機の中で少し不安を感じることはありましたが、なぜか大丈夫でした。

✈️ 自分でも謎な感覚「電車は怖いのに、飛行機は平気なんだよなあ…」と思いながら乗ってました。
こうした「大丈夫な場所」と「怖い場所」が極端に分かれていく感覚も、パニック障害のひとつの特徴だったように思います。
大学2-3年生:パニック障害が悪化。各駅停車も乗れないので原付で大学へ通学

各駅停車ですら怖くなってしまった
大学2〜3年生の頃、パニック障害がさらに悪化してしまいました。
それまで何とか乗れていた各駅停車の電車ですら、もう無理になってしまったんです。
停車中の電車に、一度は乗ってみる。でも、「ドアが閉まる=閉じ込められる」と感じてしまって、発車直前に慌てて外に飛び出す、そんなことが何度もありました。

「閉じ込められるのが怖い…!」
「自分の意思で外に出られないのが怖い…!」という感覚でした。
心拍数はどんどん上がり、呼吸は苦しくなり、そのまま大学に行けなくなってしまった日もありました。パニック障害が悪化したことで、友達の誘いを断ったり、楽しみにしていたイベントを諦めたりと、悔しい思いもたくさんしましたが、「まあ仕方ないか〜」と、あんまり重く捉えてはなかったかもしれないです。笑
頭ではわかっている。でも「怖い」は止まらない
友達が「あと2〜3分で駅に着くよ」と優しく声をかけてくれたり、「事故なんて起きないよ」と励ましてくれたり。ありがたかったです。
でも、頭では自分でもわかっているんです。
「この電車は安全」
「動画でも見てたらあっという間に着く」
「何かあっても車掌さんに相談すれば大丈夫」
でも、「怖い」と感じる気持ちだけは止められない。

これは「気持ちの問題」ではなく、脳の神経伝達物質の問題。自分の意思ではコントロールできないものなんですよね。
パニック発作は、脳の扁桃体(へんとうたい)が過剰に反応し、危険ではない状況でも「危険だ」と判断してしまうことで起こります。これにより自律神経が乱れ、心拍の上昇や呼吸困難などの症状が現れます。神経伝達物質のバランスの乱れも関係しています。
原付での通学生活へ
どうしても電車もバスも乗れなくなってしまった私は、思い切って原付(スクーター)を購入し、大学まで通うようになりました。

🛵 原付通学、意外と快適!
渋滞は気にならないし、風が気持ちよくて、ちょっとした冒険気分。「これはこれで悪くないかも」と結構楽しんでました。笑
もちろん、大変なこともあったけど、自分なりにできる工夫をして、「行ける方法」を探していた、そんな時期でした。
飛行機でパニックを起こす

飛行機は「大丈夫」だったはずなのに…
それまで電車やバスには乗れなかったものの、飛行機だけは平気でした。満員でもないし、一度座れば降りるまで動く必要もない。だから海外旅行にも何度か行けていたんです。
…なのに、ある日突然、飛行機でもパニック発作が起きてしまいました。
恐怖は突然にやってくる
祖父母の家に行くため、兄弟と一緒に飛行機に乗ったときのことです。
「ドアが閉まったことを確認しました」──そのアナウンスを聞いた瞬間、ぐわーっと恐怖が全身を襲い、心拍数が急上昇。
💬 「やばい…怖い…息ができない…」
泣きながら立ち上がり、客室乗務員さんに「降ろしていただけませんか…」とお願いしてしまいました。

周りの視線なんて気にしていられないほど、とにかく“怖い”しかない。まるで溺れているような息苦しさでした。
客室乗務員さんの神対応に救われた
すぐに2〜3人の客室乗務員さんが駆けつけてくれました。
💬 「私たちは何十年も飛行機に乗っていますが、一度も事故はありません」
💬 「今日の機長は大ベテランなので安心してくださいね」
そう優しく声をかけてくださり、お水や子供向けのシールまでくださいました(某エアラインのサービス、素晴らしかったです)。でも、それでも恐怖はすぐには消えず、ストレス発散のようにひたすら泣き続けました。
頓服薬でなんとか乗り切る
このとき持っていた頓服薬(強め)を飲んでしばらくすると、眠気がきて、ようやく少しだけ落ち着きました。そのまま寝てしまい、どうにか目的地に到着。

飛行機は大丈夫だと思ってたから…油断してました。もっと早く薬を飲んでおくべきだったと、あとで反省しました。
帰りも怖かったけれど…
帰りの便ももちろん怖くて、乗る何時間も前から少しずつ薬を飲んだり、睡眠導入剤を使ったりして、意識をぼんやりさせてどうにか乗ることができました。
人生で最も最悪な状態に

路面電車にすら乗れない、歯医者・美容院・高速道路も怖い
パニック障害と付き合って、もう8年以上。でも、その中でも「人生で一番しんどかった」と感じる時期がありました。
電車やバスどころか、短距離を走る路面電車すら怖くて乗れなくなり、基本は徒歩での移動。歯医者や美容院でも軽い発作が起きました。
車は運転できたのですが、高速道路だけはダメでした。「一度乗ったらしばらく降りられない」「渋滞に巻き込まれたらどうしよう」という不安が、どんどん膨らんでしまうんです。

「逃げ道がない」という状況が、恐怖を加速させるんです。
歯医者や美容院で発作。口を開けっぱなしにする器具や、シャンプー台が怖い
歯医者では、治療中に軽いパニック発作を起こしてしまいました。特に、口をずっと開けたままにする器具をつけられたとき、「自分の意思でやめられない」「逃げられない」と感じて、急に恐怖が襲ってきたのです。

「自分の意思でコントロールできない状態」で発作が起こってしまうのが癖になっていました。
美容院では、シャンプーのタイミングやヘアカラー中に軽い動悸が起こるように。自分でタイミングを決められないことに、不安が募っていくんです。

一時期は自宅のお風呂場でセルフカットをしていました。でも意外といい感じに仕上がった笑
新たな病院へ通い始め、初めてカウンセリングを受ける

通院を再開する
私は以前、通院をやめていた時期がありましたが、再度病院に通うことを決意しました。心療内科はどこも混んでいて、予約を取るのも一苦労でしたが、口コミを調べ、薬に慎重な先生を見つけて通い始めました。

薬は慎重に選びましょう。薬の中には依存性のあるものもあるので、適当な先生にかかると逆に悪化することもあります。
カウンセリングを受けてみた
最初はカウンセリングが必要ないと思っていましたが、先生に勧められて受けることに。実際に臨床心理士の方と話してみると、自分がどれだけ大変な環境に身を置いていたのか、それがどのように精神的に影響を与えているのかを、客観的に教えてもらい、とても励まされました。
それがパニック障害にも影響していることも学びました。

自分では普通だと思っていたけれど、プロに言われて初めて自分の状況がどれだけ過酷だったのかを実感しました。
自分の過去を振り返って
家庭環境についても複雑な部分がありました。以前は、「何もない家族はいないし、みんなこれくらい経験してるでしょ」と思っていましたが、振り返るとやはりかなり厳しい環境だったようです。

先生や臨床心理士の方に『よく頑張ってきましたね』と言われ、泣いてしまいました。
まとめ
共通していたのは、「自分でコントロールできない」ことへの恐怖
私の場合、すべてに共通していたのは「自分でコントロールできない状況」でした。それがあると、発作のスイッチが入りやすくなってしまうんです。

「逃げられない」「止められない」と思った瞬間、脳が『危険』と判断してしまうんですね。
少しずつ、でも必ず回復する!
通院を続ける中で、毎日服用する薬と、発作が起きた時に使う頓服薬をもらい、今も通院しています。そのおかげで、ついに久しぶりに飛行機に乗って長距離移動できるようになりました!
まだ完治というわけではないんですが、長らく一人で旅行することができないと思っていたので、本当に心が救われた瞬間でした。

この経験を通じて、パニック障害で悩んでいる人にも希望を持ってほしいと思っています。
つらかったら、誰かに話してみることから始めよう
もしパニック障害で悩んでいるなら、まずは誰かに話してみることをお勧めします。病院に行くのが一番ですが、ハードルが高ければ、まずはカウンセリングサービスなどを利用してみるのも一つの方法です。

練習がてら、いろんなサービスを活用してみてもいいと思いますよ。聞いてもらうだけで、かなり楽になることもあります。
最後に
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも心が軽くなり、パニック障害に悩む人が一人でも減ることを心から願っています。そして、パニック障害を理解する人が増え、周りの人々と幸せに過ごせるようになることを祈っています。


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